写真を撮ったのはN氏だが、美術アシスタントの助けを借りて、G氏が背景を考えた。
説明をするかわりに、G氏はT氏にこう言っただけだった。
「女の子を三人使って、一緒に動いてもらうよ。
すごくD社的になるよ」古くからの顧客に対して、念のためにおこなったアンケートの結果は、この宣伝はスキャンダラスだということだった。
そしてフランソワー世通りの本部では、見た目と違って、この宣伝ポスターによって決して女性の同性愛を奨励しているわけではないと説得するためにあらゆる理店をこねまわす。
D社の再出発のためのブランド戦略を任された組織Cの事務所のF氏は、このキャンペーンにはユーモアがとくに欠けていると感じていた。
完璧にD社説を訴えるにはしかし彼女の反対意見は退けられた。
T氏がお気に入りのデザイナーの肩を「Jアニム」少し大衆的すぎる。
強くもったのだ。
「とても洗練された官能だ。
たしかに。
しかし、決して冷めたキャンペーンではない」と、A氏も両手で強く拍手する。
彼はもうずいぶん前から、ショックこそ命だとわかっていた。
彼はこの宣伝が流されることを了承する。
宣伝のスペースが買われた。
数千フランが費やされた。
もうあとには引けない。
ヒューマナイズ的なところはどこにもない。
少なくとも、ファッション界では、電気二〇〇〇年三月、新しいD社の女性が世界じゅうの大都市の最もシックな地域の壁に出現する。
しかし心の奥底では社長は不安だ。
地雷を踏んでしまったのではないだろうか。
つらい三ヵ月が流れる。
しかし九月の売上高がわかると、大きな重荷が除かれた。
四一パーセントの増加だ。
そして、この数字は六ヵ月後にさらに飛躍する。
「挑発」は本当にうまくいった。
パリでみんなが認めた。
「でも、しかし本当にそうだろうか?」と自問する者たちがいる。
必ずしも嫉妬深い者たちや意地悪な人たちばかりではない。
あとどのくらいもつのだろうか、と。
シャネル五番がエンジェルを追いかけるときシャネノレ五番がエンジェノレを追いかけるとき「今回は、絶対に彼らよりも前に行くと思います」と、数字の並んだ書類の束を手にして、責任者がつとめて感情がこもらないような声で言った。
しかし、その興奮ぶりは、シャネルのすべての従業員に制服のように課せられている鎧のようなきちんとした態度の下からも充分うかがわれた。
事務所はごく平凡な建物の一階にある。
外からはシャネルのオフィスだとわかるような印は何もない。
八区のカンボン通りの本部に見られる仰々しさとはかけ離れているスタイルだ。
インテリアは機能的できちんとしている。
窓の下にシュレッダーが設置されているのだけが目立つ。
壁のなかにもひそむ産業スパイに対する嫌悪感の象徴だ。
訪問者を驚かすのはこのマシンだけだ。
すでに通りのゴミ箱は図々しいライバルたちにあさられているという噂だ。
シャネルでは、秘密保持の指令は八一年前にすでにきちんと作られていて、この一二世紀のはじめでも、指令は相変わらず指令なのだ。
そして、今ほどこの指令が本当に正しかったと証明されたことはないかもしれない。
香水の戦争は激しさを増している。
責任者は書類から顔を上げる。
「二〇〇〇年には、五番がエンジェルを追い越すと確信しています。
我々は一位に返り咲くのです」しかしその予想ははずれた。
数年間の店辱ののち、それでもシャネルの返り咲きはそのうち実現するだろうと、誰もが思っていた。
三年のあいだ、数字がそのことを示唆していた。
トップはつねにエンジェルなのだが、特徴的なのは、毎月の売上げがほとんど変わらないということだ。
一方、シャネル五番は落ちこむこともあるのだが、祝い事のシーズンになると、驚異的な上昇を見せるのだった。
女性たちは自分のためにエンジェルを買うことが多いのだが、同時に、誰かに贈り物をする場合は、相変わらずシャネル五番だということを意味している。
これが伝説の重みだ。
二〇〇〇年五月以来、それでもグラフのカーブは逆転しつつあった。
婦人用品のスター商品、エンジェルの市場におけるシェアは規則的に下がり、その間シャネル五番はわずかに上昇しながら同じレベルを保っていた。
シャネルの幹部が、普段の気取りをかなぐり捨てて、フランス市場における各メーカーの香水の占有率が出ている〈セコディップ〉(鍋桂)のランキングに飛びついたとしても不思議ではない。
一九九二年に発表されて以来、エンジェルはまるで慣石のような速さで売上げを伸ばしていった。
シャネル五番の市場を侵食したわけではない。
二つの香水はあまりにも違う。
新参のエンジェルはフローラルと森の香りを調合している。
「グルメノート」とも言われる。
一方シャネル五番は、フローラルとアルデヒドの調合だ。
しかし一つだけ確かなことがあった。
新しい香りの代表として、エンジェルは確実に日の当たる場所に躍り出ていた。
シャネル五番は相変わらず順調に売上げを伸ばしていたが、エンジェルはとうとう九〇年代の中頃に追いついてきたのだった。
カンボン通りにとって暗黒の年、一九九七年、エンジェルはシャネルを抜いた。
イメージの戦いのなかで、エンジェルは一勝を上げたのだった。
T氏は現在の女性のシンボルを作りあげることができた。
行動的で、要求が強く、そして忙しい女性。
エンジェルはシャネルのいちばんの売れっ子に厳しい一撃を与えた。
すべての歴史遺跡と同じように、シャネル五番もつねに大掃除を必要としていた。
一九一二年以来、シャネル五番はつねに崇拝の対象だった。
シャネルの幹部は売上高を評することを禁じられている。
そのかわり彼らはこの香水の伝説的な物語を進んで語る。
エルネスト・ボという香水職人の出した試作品を、ココ・シャネルが四回も却下した話。
シャネル五番の名前の由来だ。
会社もこの香水のためにできるかぎりのことをしてきた。
グラース地方に専用のジャスミン畑があり、そこで収穫された花が自社工場に直接供給される。
プロモーションのために巨額が投じられている。
K氏とC氏がイメージキャラクターになり、マリリン・モンローは寝るときにシャネル五番だけを身につけていると言った。
そして誰もがその話を信じる。
香水の瓶は絶対的な象徴になった。
わずかな変更でも数ヵ月もかけて熟慮される。
シャネルはつねに近代的で、つねに質素でなくてはならない。
シャネル五番が〈ハトゥ〉の「ジョイ」と同じような悲劇的な運命をたどらないために、毎年あらゆる努力がなされた。
ジョイは命の炎を保ちつつ手をつけることができなかったために、トップの座から転がり落ちたのだ。
事実、これ以上はできないというくらいすべてのことが試みられた。
それでも倣慢とも思えるほどの絶対的な首位を何年も何年も保ち続けたのち、シャネルは超特急で謙虚に再び活性化することを学ばなくてはならなくなる。
それはまさに文化革命のような改革で、数十億フランの売上げがかかっていた。
改革のマシンは一九九四年に始動した。
M氏効果はスキャナにかけられ、ひそかに市場調査をおこなうことが指示され、そして具体的な処方筆が出てきた。
動かなくてはならない、それも速く、巧妙に。
九六年、最初の報復措置として、シャネルはアリュールを発表した。
この香りはすぐにフランス圏内でのトップ五に入る。
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